個々の人によって使う道具というのは異なると思います。企業でパソコンを使うというときでもすべての人が同じアプリケーションを使うとは限りません。もちろん業務によってルールが定められていることもあるでしょうからそういう場合は統一化されていることもありますが、個々に任されていたり部門ごとに任されているということもあります。その場合部門ごとにいろいろと設定をしなければいけないという事があります。そういうこと
UTMで細かい設定は可能か... の続きを読む
独身の彼女は一人暮らしでした。意識が戻ってから、精神科のクリニックにかかっていることは認めたものの、病歴に関してはまったく語ろうとしません。親の面会も、遠方であることを理由に、一回だけでおしまい。以後は連絡をとっても子供とかかわりたくないのがみえみえで、治療上有効な情報はほとんど得られなかったのです。それでも、運ばれてきた時持っていた診察券からクリニックの名前がわかったため、主治医がそこに連絡をと
独身の彼女は一人暮らし... の続きを読む
もっともコレラ菌の役割を否定的に評価しようとして自らコレラ菌の培養液を飲んだ(しかも幸いに死ななかった)十九世紀の衛生学者ペッテンコーヘルのような人もいたわけですが、病気の考え方についても、その研究方法に関しても、また病気のコントロールのためにも、最も明晰でかつ能率的な特定病因説は、感染症をモデルにしながら、感染症をこえてほとんど現代医学全体をおおうに至りました。栄養障害である力。ケを感染症として
特定病因説のパラダイムに支配されている... の続きを読む
じわじわとではあるが確実に、わが国のエイズ感染者の数は増え続けている。現在(一九九六年九月)、エイズ感染者、患者数は三千八百四十一人。うち男性同性愛者は四百二十三人である。まず男性同性愛者の感染が先行し、やがて異性間性交渉による感染が逆転していく。世界各国で見られるそうした経過と同じパターンを、日本もたどっているということだ。これ以降、爆発的な広がりを見せるのか、あるいはそこそこの増加でとどまって
手探り状態だったエイズ治療にかすかな灯りが見えてき... の続きを読む
いくら「パーソナル」であっても、さすがにこの方向に光明は見出しがたい。アムロへ行き着くためには、印刺激的なビートがあって、パーソナルな語りになっていて、ファンキーなシンコペーションもちゃんとこなしている、ことが必要なのに、1975年の時点では、なかなかそういう歌は見えてきません。刺激的な“ジュリー”がしゃべり拍で歌った(時の過ぎゆくままに、75)は、南こうせつよりもっと重く日本的に聞こえるし、ビー
うたの胸と腰との連関... の続きを読む